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二つの山笠、一つの心【中学生が担ぐ中原小若山笠】
毎年7月、福岡県北九州市戸畑の夏を焦がす戸畑衹園大山笠。享和3年(1803年)から続く200年を超える伝統は、ユネスコ無形文化遺産国指定重要無形民俗文化財に指定、ユネスコ無形文化財に登録され、今もなお地域の誇りとして受け継がれています。
2025年、その当番山を務めるのが中原地区。
大人が担ぐ「大山笠」と、中学生が担ぐ「小若山笠」。それぞれが異なる人々に支えられながら、同じ地域の誇りを背負って夏の夜空に輝きを放ちます。
準備段階から祭り本番、そして山解きまで。小若山笠を支える人々の熱い思いと、地域に根ざした絆を間近で体験してきました。
ー中日ー
左 小中 右 大山笠
中原地区の小若山笠(通称・小中)を間近で見て、まず驚いたのはその規模と迫力でした。
ここは小若山笠発祥の地。
「中学生にも山笠を担がせたい」という地域の想いから始まったといいます。
その流れは今、戸畑区の4地区へと広がり、東、西、天籟寺、そして中原の4基の小若山笠が、それぞれの地域で受け継がれています。
そうした広がりの原点である中原の小若山笠は、大山笠のお下がりを受け継いだことに始まり、今もその名残を感じさせるかたちとなっています。
一般的な小若山笠は、提灯12段で大山笠と同じ高さを誇ります。
ただし提灯のサイズは一回り小さくつくられており、見た目のバランスで“小若”らしさを表しています。
一方、中原の小若山笠は8段構成。提灯の大きさは大山笠と同じで、今もなお当初の8段を維持しています。
段数を増やすには骨組み自体を作り替える必要があり、費用や構造の面から、他地区と足並みを揃えることも容易ではありません。それでも、「代々受け継がれたこの形にこそ、中原の小若らしさがある」と語る世話人さんの言葉からは、伝統を守る重みと誇りが伝わってきます。
実際に大山笠と並んで目にすると、その存在感は圧倒的です。「これが中学生の山笠?」と思わず目を疑うほど立派で、中原地区が小若山笠に込める特別な思いと誇りを、その威容からひしひしと感じました。
取材協力:中原小若山笠世話役 後見人 稙田 律夫さん |
戸畑祇園大山笠の大きな特色は、昼と夜でその姿が劇的に異なることにあります。 日が昇り、街を練り歩くのは昼の姿である「幟山笠(のぼりやまがさ)」。
その格調高く華麗な佇まいについて、公式資料(※詳細は記事末尾に記載)では次のように記されています。
「高さ約1.8mの台上に約2m四方の勾欄付の台座を据え、この中心部にご分霊を納めた祠を置き、紅白の羅紗地に黒のビロードの縁取りを施した12本の幟を立て、前面に前花、背面に見送りを飾る。台枠の組み立てに、釘は一切使用しない。山から採ってきた藤葛(ふじかずら)で締める。ワイヤーやロープでは得られない弾力性、強じん性があり、今もなお、山林からこれを求めている。」
一朝一夕には成し得ない、先人の知恵が詰まった山笠の構造。
ここでは、中原地区が守り抜く「幟山笠」の細部を、6枚の写真と共に紐解いていきます。
【前花】
山笠の正面左右に取り付けられた一対の菊花。
白い泰書紙で作られた花弁が一周約68枚、小花10段・大花12段で重ねられ、
上からつぼみ、小花、大花の順にあしらわれています。
【見送り】山笠の後部に取付ける幕の一種で、幟山笠のシンボル的な装飾。小割にした竹を格子上に編み、中央部でふくらみをとって、その上に和紙を重ね貼りした直径1.5メートルの円型の台に幕を取付けている。

【幟】勾欄台の左右に6本ずつ合計12本の紅白の幟を交互にたてる。幟は縦約2.7m、横約0.45mの布を、先端に金色の「玉」と「シャグマ」をつけた長さ約5mの竹竿に通したものである。
【勾欄】
勾欄台上端の周囲に取付ける擬宝珠勾欄でL字型2枚、平板型3枚から成っている。
中央部に文様を彫刻し周囲を黒漆塗り仕上げ。
【幕類】
(水引幕)勾欄の直下の周囲にはりめぐらす細長い1枚の幕。(前掛幕)正面中央の凹部(昇降部)にかける幕で水引幕に連続している。(切幕)山笠台の最下部の前後左右にかける幕で4枚1組となっている。

【御幣】
山笠に奉している御霊や分霊に捧げる意味での「みてぐら」であるから山笠の四隅に各1本の御幣を置くのが本来の姿です。
4年に一度作成し直される前花。その製作現場を見学させていただく機会がありました。
中原小若山笠では伝統継承のため、世話人さんたちが手作りを貫いています。その手際の良さに驚かされました。長年培われた技術と、細部へのこだわり。一つ一つの工程に込められた思いを間近で感じることができました。
「これが4年後まで持つんですよ」と説明してくださる(世話人青年代表 福本優二さん)の言葉からは、責任の重さと誇りが伝わってきました。手作りだからこそ生まれる温かみと、地域への愛情が込められていることを実感しました。
受け継がれる技術には、単なる技法だけでなく、経費を抑えながらも質を落とさない工夫と、次世代への想いが込められていることを知りました。

細かな作業もすべて手作業で仕上げる。

一つ一つ丁寧に並べていきます。ここは腕の見せ所。

見事に仕上がった前花。
山笠を鮮やかに彩る花飾り「てまりこ」。
これは、色の順番が決まった9枚の布を重ねて作る、非常に繊細で根気のいる手仕事です。
一つ作るのに数十分を要し、作り手の高い集中力が求められます。
今年は世話役の方々に加え、地元中学校の美術部員も製作に参加。
地域と学校が一体となって、衹園祭のために約400個を完成させました。
さらに当番山として「わっしょい百万夏まつり」にも参加するため、現在も追加で製作が進められています。
このてまりこは、単なる飾りではありません。祝儀のお礼として渡され、各家庭で「魔除け」として一年間大切に飾られる、人々の思いがこもったお守りでもあるのです。

一つひとつ丁寧に包まれたてまりこ。
贈る人の思いと、受け取る人への祈りが重なります。



土台となる竹を一本ずつ削るところから始まります。カットした紙、それを丸く整えるのはなかなか難しい作業だそうで、世話人同士で手分けしながら少しずつ仕上げていきます。



丸い花飾りは、9段の花で仕上げられます。
色の順番にも決まりがあり、緑、白、赤、白、赤、そして裏返して白、赤、白、赤。この順番で一段ずつ重ねていくと、立体的で華やかな花が完成します。



夏が近づくと、夕暮れ時に響いてくるのがお囃子の音。太鼓や笛の音色が町に広がると、「今年も衹園が始まるな」と感じる、と地域の方々は話してくれます。
戸畑衹園のお囃子は、祭りの始まりを地域に伝える“打ち込み”として、古くから重要な役割を担ってきました。
子どもたちが笛を吹き、鉦(かね)やあわせがね(ちゃんぷく)を鳴らし、太鼓を力強く響かせながら地域を巡り、「お花」と呼ばれる寄付を募るのです。
現在も、ご寄付をいただいたお宅へ感謝を込めてお囃子を披露し、「てまりこ」を届ける“打ち込み”は欠かせない伝統です。新旧を問わず、この街に住むすべての人に、子どもたちが主役となり地域が一つになる姿を知ってほしい――そんな想いが、世話人の方々の中に息づいています。伝統をつなぎ、ともに祭りを支える輪がさらに広がっていくことが願われています。
中原のお囃子では、獅子舞、居神楽、大下り、おおたろう囃子の4曲を奏します。特徴的なのは「大上り」を奏しないこと。地域ごとに曲目が異なるのも、戸畑衹園山笠の奥深さのひとつだと感じました。



練習場を訪れると、中学生たちが真剣な表情で太鼓を打ち込んでいました。リズムを合わせるのは簡単ではなく、指導役の先輩や大人が一つひとつ声をかけながら音をそろえていきます。
世話人の方は「子どもたちが一生懸命に叩く姿を見ていると、こちらも気持ちが入るんです」と、うれしそうに目を細めて話してくれました。(世話人青年代表 佐藤隆さん、木原剛さん)お囃子はただの練習ではなく、地域の空気をひとつにする大切な時間になっていました。
未来へ繋ぐ思いー 「お囃子は限られた人が担うもの」というイメージが根強いのも事実です。ですが、世話役の方々は、地域や経験を問わず、誰もが気軽に関われる開かれた行事でありたいと考えています。 その一方で、子どもたちには、これが神聖な神事であることも正しく伝えていきたい——。 ただ賑やかなだけでなく、礼儀や節度を大切にする心も育みながら、その両立のもとで、この伝統は未来へと守り継がれていきます。
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山笠の骨組みには、今もなお「カズラ(藤の花のつる)」が使われています。
小指ほどの太さのものを探し、14~15mの長さを確保するとのこと。足りないときはつなぎ合わせ、3本束ねて1組を作り、全部で12本を準備します。前の部分には見栄えを重視して、親指ほどの太さの12m前後のカズラを2本ずつ使うのだとか。
山組の作業を見せていただきました。

カズラでしっかりと縛られた山笠の骨組み

前面には見た目を重視し、親指ほどの太さのカズラを2本ずつ束ねたものを使う。

安全に配慮しながら、迫力ある山へと仕上がっていく過程。
太い木材を縛るのに釘は使わず、すべてカズラで固定します。しっかりしたカズラは一度採ると10年ほどは同じ場所では取れないそうで、朝7時から大人数で山へ入り、必要なカズラを確保する作業は一大行事。結び方も“方結び”ではなく、代々伝わる独自の技が用いられていました。
「カズラは乾くと締まって強度が増すんです。これがあるから山笠がしっかりと立つんですよ」と世話人の方。力強く引き締めていく姿に、受け継がれてきた技の重みを感じます。

かっこよく見せるため、藁で装飾を施していきます。

束ねた藁を研ぎ整えて山組完成

前後8~9メートルの担ぎ棒を、約80人で担ぐ。
縛ったカズラは、乾燥を防ぐために水をかけて湿り気を保ち、丁寧に管理しながら保管しているとのことでした。
思わず「仕事もあるのに、暑い中どうしてそこまでできるんですか?」と愚問を投げかけてしまった編集部に、世話人の方は笑いながら、「小さなころからずっとやってきましたからね。戸畑の人にとっては、あたりまえの気持ちなんです」と、自然体で語ってくれたのが心に残りました。
(世話人代表補佐 福山 宙さん)
中学校の全面協力体制と地域の支え
中原小若山笠は、地域と学校、そして家庭が一体となって祭りを支えています。
今年は、担ぎ手51名、祭典係11名の計62名の中学生が参加。
さらに、保護者約30名(母13名・父17名)に加え、十数名の教職員が運営をサポートしました。
準備から運行までを通して、子どもたちは先生や保護者と肩を並べ、伝統の重みと、自分がその一部であることを肌で感じています。
祭りを支える世話人の想い
長年祭りを支える世話人の方々は、子どもたちの安全と成長を最優先に見守っています。
炎天下の練習も、長時間の運行も、子どもたちが安心して取り組めるよう全力で支える姿には胸を打たれます。
立場は違っても、祭りを愛し、伝統をつなぐ思いは皆同じ。世話人の存在が、祭りの土台を支えていることを改めて感じました。
中学生たちの挑戦
多感な時期に背負うもの。
主役である中学生たちが担う責任は決して小さくありません。
特に3年生にとって、衹園の季節は部活動の最後の大会や受験勉強の始まりと重なります。
それでも彼らは、地域の誇りを胸に、仲間とともに山笠を支えます。
【祭り期間のスケジュール】
7月23日(木)17:30~19:00 ならし舁き
7月25日(金)16:00~22:00 初日
7月26日(土)10:00~22:00 中日
7月27日(日)14:00~22:00 最終日
運行期間は時間通りに終わることはほとんどなく、夜遅くまで続く日もあります。

放課後、中学生は五段上げの練習に熱心に取り組みます。

世話人や先生、PTAの保護者たちが、それを支え見守ります。
昼の古式ゆかしい幟山笠も、夜は飾り物を外し、幾多の提灯に彩られた光の大ピラミッドへと姿を変えます。
闇夜に浮かび上がるその幻想的な姿に、魂の掛け声が響き渡ります。
「ヨイトサ、ヨイトサ」――。
この声には「良い年を」「良い日を」という人々の願いが込められているといわれています。
かけ声は地区ごとに節回しやテンポが少しずつ異なりますが、どこも共通しているのは、声を合わせるたびに心がひとつになることです。
夕暮れの練習場では、太鼓の音に合わせて中学生たちの掛け声が響きます。
「もっと声を出して!」「合わせていこう!」
――指導役の先輩の声に、真剣な表情で応える子どもたち。
その姿に、世代を超えて受け継がれてきた“声の力”を感じました。
炎天下の練習、長時間の運行、勉強との両立――どれも簡単なことではありません。
それでも彼らは仲間と声を掛け合い、笑顔を絶やさずに山笠を担ぎ続けます。
そんな子どもたちを支えるのが、地域の大人たちです。
保護者や先生、世話人の方々がそれぞれの立場から見守り、時には手を貸し、次世代の祭りを支えています。
夜の櫓に灯る光の下、世代を超えた絆が静かに結ばれていきます。

子どもたちの声ここで、取材で伺った中学生たちの言葉を紹介します。 |
☆総監督・Tさん ☆ 総監督・Nさん ☆ 副総監督・Tさん ☆ 祭典・Tさん ☆ 祭典・Aさん |

総監督、副総監督をはじめとする中学生たちが、地域の伝統を背負う覚悟を胸に刻む瞬間です。

上)祭典の子供たち
「仲間と共に掴んだ、最高の最終日」。

先生も保護者も一丸となって、子どもたちを支え励ます

世話人もお父さんも先生も、心をひとつに担いだ三日間
保護者代表の声(中原中学校PTA共同代表 浦井玲子さん/コメントをもとに編集)
少子化の影響で担ぎ手や協力する保護者の数は減っていますが、子どもたちは仲間と力を合わせ、祭りを通して大きく成長しています。上級生が下級生を導き、責任感や感謝の心を育む姿は、見ていて胸が熱くなるほどです。山笠は男の子だけでなく女子生徒も活躍できる行事です。 地域・保護者・教員が一堂に集まり、協力し合う中で生まれる絆は、この伝統ならではの宝です。地域の高齢化で協力できる世帯が限られる中、それでも多くの方が祭りを支えています。誰でも参加できるこの伝統を、より多くの人に知ってほしいと思います。 次の世代にも、この誇りをしっかりと受け継いでほしいと心から願っています。 |
戸畑衹園大山笠の開幕を前に行われた「お囃子競演会」。
当番山をはじめ、各地区の大山・小山あわせて7基が次々と登場し、力強い太鼓と笛の音で会場を包みました。
ひとつとして同じ音色はなく、山ごとの個性や伝統の違いが際立ちます。
「自分たちの音を届けたい」という子どもたちの真剣な表情に、客席から大きな拍手が送られました。
取材を通して感じたのは、このお囃子競演会こそが“祭りを盛り上げる最高の演出”だということ。
太鼓の一打ち、笛の響き、鉦の音──それぞれが地域の歴史を語っているようで、まさに「生きた伝統」を感じました。
そして振り返れば、この瞬間から感動が始まっていたのだと思います。
一連の行事を近くで見届けて、最後にもう一度この音を思い出すと、胸の奥が熱くなりました。
長い取材も少しも苦ではなく、むしろ「私もお祭りが好きなんだな」と実感できた時間でした。

当番山(今年は中原)が先陣を切って演奏

大迫力。大山笠の太鼓打ち

各山笠、個性あふれる音色を披露
最終日の競演会は、万雷の拍手の中で幕を閉じました。疲れの中にも誇らしさをにじませる中学生たちの表情は、本当にまぶしく、思わず胸が熱くなりました。これこそが、祭りのクライマックスだと感じます。
舞台裏の大人たち
取材の合間にふと全体を見渡すと、心に残ったのはもうひとつの光景でした。それは、子どもたちの輝きを心から願い、舞台裏で支え続ける大人たちの姿です。伝統を受け継ぎながら安全に気を配る世話役の方々。わが子のように中学生たちを見守り、温かい食事で励ましたPTAの皆さん。そして、子どもたちの気持ちに寄り添い、この時間を大切に見守ってくださった先生方。
世話人の方々の想い
世話人の方々は、地域の方々や関係団体とも繋がりながら、伝統継承や地域への認知向上を大切にされています。 新しくこの地域に越してくる方にも、祭りを自分事として参加してほしいと願っています。
教職員のコメント抜粋
中原中学校の教職員の皆さんからは、子どもたちのたくましく成長していく姿や、一体感の中での親や先生との関わりの大切さを伺いました。「学業以外の行事ですが、子どもたちの成長を間近で感じられる貴重な機会」「普段関わることのないお父さんと交流できる機会は有意義」「先生たちも子どもたちに負けじと頑張り、三日間のドラマをやり遂げていた」との声が印象的でした。
祭りの意義と締め
小中山笠は、ただの伝統行事ではありません。地域という大きな家族が、愛情を込めて作り上げる「子どもたちの成長の舞台」です。この祭りが残してくれる一番の宝物は、立派な山笠そのものよりも、大人たちの温かいまなざしかもしれません。取材を終えて、心からそう感じました。

今年の中原当番山の中学生たちは、九月のわっしょい百万まつりでも気を抜かず、最後まで全力でやり遂げました。
取材協力:
参考資料:(※) |
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

未来へ輝く光のピラミッド ― 戸畑衹園大山笠・中原当番山を支える人々 ―
二つの山笠、一つの心【中原大山笠】

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