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二つの山笠、一つの心【中原大山笠】
毎年7月、福岡県北九州市戸畑の夏を焦がす
戸畑衹園大山笠。
江戸時代後期、享和3年(1803年)に始まったとされ、
国指定重要無形民俗文化財であり、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
二百年以上にわたり、地域の誇りとして受け継がれてきました。
2025年、戸畑衹園大山笠の当番山を務めた中原地区。
その姿を取材する中で強く感じたのは、「本気で守られている伝統文化」でした。
大人が担ぐ大山笠。
中学生が担ぐ小若山笠。
世代も立場も違う人たちが、それぞれの役割を担いながら、
一つの祭りをつくり上げていきます。
準備の段階から本番、そして山解きまで。
そこには単なる行事ではない、受け継ぐ覚悟と、次へ手渡す責任がありました。
華やかな幟山笠の裏側で、
静かに、しかし確実に引き継がれていく想い。
戸畑衹園を支える人々の姿を、今回の取材を通してまとめました。
昼の姿。左に大山笠、右に小若。並んだ姿は迫力満点で、思わず見入ってしまう美しさです。
子どもたちが懸命に練習を重ねた小若山笠に対し、町の顔とも言える大山笠は、地域の大人たちが魂を込めて受け継いでいます。
そこには、次の世代へ伝統をつなぐ強い想いと、地域の誇りが息づいていました。
大山笠を支える人々――その姿を追う中で見えてきたのは、まさに「二つの山笠、一つの心」という言葉の意味そのものでした。
中原大山笠は【見送り】に「天に咆哮する虎」を描いた幟山笠を用い、4年に一度の当番山として地域の顔となる役割を担いました。御霊入れの儀式から始まり、地域の方々が協力して飾り付けや安全確認を行う姿は、祭りの一体感を象徴していました。

戸畑の町に朝の光が差し込むころ、静かに始まるのが「御霊入れ」。
この瞬間、山笠はただの飾りではなく、“神の依り代”として新たな命を宿します。
関係者たちは厳かな空気の中、神職による祈祷を見守りながら、今年も無事に迎えられたことへの感謝を
胸に刻みます。
御霊が入ると、清めの水を手にした担ぎ手たちは、いよいよ本番を前に気持ちを一つに。
その表情からは緊張と誇りがにじみ、町全体が祭りの鼓動に包まれていきます。
この後、山笠はゆっくりと競演会場へ――。
昼の幟山笠としての壮麗な姿、そして夜に灯りを纏う「光のピラミッド」への変化。
そのすべての始まりが、この御霊入れにあります。
お神酒をいただき、気持ちを整えます。
中原神社の坂は難所で知られています。
難所の坂を無事に下り、いよいよ競演会場への道のりが始まります。
御霊入れを終えた山笠は、いよいよ競演会場へ。
当番山である中原大山笠は本部前に陣取り、その役目を担います。
地を震わせるような太鼓の披露で幕を開け、夕方になると昼の正装である古式ゆかしい「幟山笠(のぼりやまがさ)」の豪華な姿から、夜の姿へと姿替え。
飾り物をすべて外し、現れた四本柱の上へ、5段57個の提灯を一気に担ぎ上げる通称「五段上げ」。
熟練の技で次々と提灯が組み上げられ、夜の闇に高さ約10m、重さ2.5tにも及ぶ「光の大ピラミッド」が完成する様は、まさに圧巻です。
「ヨイトサ!」
掛け声に合わせ、担ぎ手たちの足並みはぴたりとそろい、会場は熱気と一体感に包まれます。
今年は大山3基、小若4基が競演。急カーブで巨体が大きく傾く瞬間には、思わず息をのむほどの迫力があります。担ぎ手によって異なるスピードや引き回しも見どころのひとつです。
二時間半に及ぶ熱戦の中、担ぎ手たちは交代しながら山を運び続け、観客からも自然と惜しみない拍手と声援が送られていました。
最終日には地区内での競演披露もあり、近くで担ぎ手の表情や山笠の迫力を体感できる時間です。
当番山大山笠の昼の姿。競演会場の本部席前に構え、当番山として迎える競演会の開幕に備えます。
当番山として競演会を盛り上げようとする担ぎ手たちの意気込みが、山笠の存在感として表れています。
昼の顔から夜の顔へと移ろうように、提灯が少しずつ運び込まれていきます。
五段上げが進むにつれ、提灯が次々と積み上がり、会場の空気も一気に引き締まっていきます。
12段・309個の提灯に灯りが入り、夜の顔を見せた当番山大山笠。高所から見下ろすと、光の重なりが山全体の迫力と美しさを際立たせています。

夜の装いをまとった当番山大山笠が動き出す瞬間です。
― 舞台は華やかな競演会場から、住み慣れた「ホーム」である中原の街へ。—

沿道を埋め尽くす地域の人々の温かい声援を受け、山笠は再び力強く動き出します。

「写真タイム」は、競演会場とは一味違う、中原地区ならではの温かな時間です。

2025年、当番山・中原地区が駆け抜けた三日間の集大成。

三日間の想いを乗せ、最後の坂を力強く駆け上がります。

神社の境内まで多くの人が静かに見守る中、山笠に宿った魂が神様のもとへと帰っていきます。

山解きの様子。三日間の熱狂を終え、最後は手際よく解体される山笠。形はなくなっても、共に駆け抜けた記憶と絆は、しっかりと地域に刻まれました。
取材の窓口として、多忙な現場で常に細やかなお気遣いをくださった中原大山笠執行部の皆さん。
大山の運営を支えるその真剣な眼差しに込めた想いを伺いました。
Q:戸畑祈園大山笠の魅力とは?
A :「昼は豪華絢爛な幟山笠、夜は提灯による光のピラミッド。この二面性の美しさは、全国でも他に類を見ない、戸畑が世界に誇れる魅力だと思っています。」
Q:中原大山笠の「見送り」のモチーフについて。
A :「中原は**『天に咆哮する虎』**です。以前は大菊花(だいぎくか)の形式でしたが、今は力強い虎の姿が中原の象徴。各山ごとにモチーフが違い、歴史が刻まれているのも見どころの一つです。」
Q:4年に一度の「当番山」という重責について。
A :「当番山は祭りの顔。わっしょい百万まつりへの参加や遠征依頼への対応など、祭りの発展に貢献する責務があります。こうして各山がバトンを繋いできたからこそ、今日の戸畑祈園がある。地域全体の士気も一段と高まります。」
Q:運行で特に大切にされていることは?
A :「まずは安全。参加者も観客も、怪我なく終えることがすべてです。近年は熱中症のリスクも上がっていますから、そこへの配慮も欠かせません。命を守ってこそ、伝統は守られます。」
Q:担ぎ手の育成や課題はありますか?
A :「若手不足は深刻な課題です。だからこそ、小若山笠の素晴らしさを次世代に伝えていきたい。彼らが山笠に誇りを持ち、いつかこの大山を担う大人になってくれる。その流れを絶やさないことが私たちの役割です。」
Q:今年の競演会に向けた意気込みを。
A :「当番山としての重責を果たし、戸畑祈園大山笠競演会を大いに盛り上げていきたい。その一心で駆け抜けました。」
2026年3月。戸畑の町は、早くも次の祭りへと意識が向き始めています。
毎年5月下旬から6月上旬に行われる「当番山交代式」を境に、町は一気に山笠の季節へと塗り替えられていきます。 三日間、最も身近な場所でその姿を追わせていただきました。
そこにあったのは、仕事でも義務でもなく、ただ「山笠が好きだ」「ワクワクする」「誇りに思う」という純粋な想いに突き動かされる人々の姿でした。 それぞれの立場で責務を全うし、一丸となって魅せる「光のピラミッド」の圧倒的な迫力。
その裏側には、「伝統の格」や若手への「バトンの継承」といった、一朝一夕では築けない重厚な歴史の積み重ねがあります。 どんな世界にも通ずる、この「重き流れ」。
長年絶やすことなく継続されてきた文化の奥深さに触れたとき、理屈を超えた本物の感動が胸に迫りました。 中原地区が灯したあの輝きは、交代式という儀式を経て次なる地区へ。
そして、その背中を見つめる未来の担い手たちへと、確実に引き継がれていきます。
北九州が世界に誇る戸畑衹園大山笠。
その真髄にあるのは、伝統を「本気で守る」人々の、優しくも強い絆でした。
(取材・文/f記者)
取材協力: 中原大山笠 戸畑区役所 総務企画課 参考資料:『戸畑衹園大山笠競演会』(発行:戸畑区役所 総務企画課/国指定重要無形民俗文化財 第185号) |
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

未来へ輝く光のピラミッド ― 戸畑衹園大山笠・中原当番山を支える人々 ―
二つの山笠、一つの心【中原大山笠】

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